[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
学校法人関西学院
第2次世界大戦後の民主化の中で、私学への公費支援を視野に入れて、1949年、私立学校法が定められた。
その中で、それまで私学の経営形態である民法による社団法人または財団法人を改め、財団法人の特別法人としての学校法人を設立することが規定された。
財団法人関西学院はこの事態にいち早く対応し、51年3月13日に登記を完了した。
学校法人の特徴は、収益事業を行うことを認め、理事長の役割を明確化するとともに、理事長の独裁を防ぐために理事の最低数を明記し、理事会の働きを内部でチェックする評議員会と監事の設置を義務づけた。
関西学院の場合、それまでの財団法人下では、理事長は理事会が選任する院長が兼任することから、法人の長と関西学院独自の役職である院長との機構上の矛盾は表面化しなかった。
しかし学校法人移行以後、理事長と院長との兼務をやめ、実質的な教学と経営の責任者を院長とし、理事長は法的な地位としてやや象徴的に設けられることになった。
しかし、1960年代末から起こった大学紛争を通して、教学とともに経営責任をも負う院長と経営責任をもっぱら負う理事会の長である理事長との役職上の重複が問題となり、74年に財団法人時代と同様、院長が理事長を兼務する体制(久山康院長・理事長)になった。
しかし、この体制も個人に権限が集中するという問題が表面化したことから、89年、再び理事長、院長の分離が行われ、その後理事会での検討の結果、97年に現行の39条からなる学校法人関西学院寄附行為と25条からなる学校法人関西学院寄附行為施行細則が定められ、理事長の権限が強化され、院長の位置が関西学院の歴史の中では、これまでと比べ経営責任から後退することになった。
院長の役割は限定され、また教学の責任者は学長および高等部長、中学部長が担うものとなった。
理事21名、監事4名、評議員45名で、理事会は理事長を補佐するための常務理事を選任し、理事長は同様に理事長を補佐する若干名の常任理事を選任することとし、理事長・院長一人制に際して設けられた理事会の責任体制を、理事長のもとに明確にした。
関西学院創立120周年を期に策定された「新基本構想」の6つのヴィジョンの一つとして「進化を加速させるマネジメントを確立」が取り上げられた。
これを受けて2012年3月に執行体制(学院と大学の「たすきがけ」)と組織改編(大学評議会の改組と大学組織の機構化)が学長提案として出され、13年4月より実施された。
この新体制は「経営と教学の共同体制を目指した、法人本部(法人執行部)と大学執行部との一体的な運営」であり、制度上、学長が副理事長に就任し、学校法人の常任理事3名が大学評議会の承認を得て副学長に就任し、大学の副学長が理事会の承認を得て常任理事と就任する体制である。
この変更を受けて理事会および評議員会の人数も変更された。
理事会については、学長以外の学校長から理事会が選任した学校長が1名から2名に、さらに学長が推薦した副学長3名が増員となり理事が25名となり、評議員会については、学長以外の学校長が1名から7名に、関西学院宗教総主事1名が新たに加えられることとなり、評議員が52名となった。
【参照】Ⅱ 54,489【文献】「関西学院 新基本構想」パンフレット(2009.4);「新中期計画進捗報告2009-2013」パンフレット(2012.7))「関西学院の新たな執行体制と大学の組織改編」(「K.G.Today:Extra edition」March 2013)